田中さん(45歳)が、初めてクリニックの扉を叩いたのは三十八歳の時だった。営業職として多くの人と接する中で、年々後退していく生え際と、薄くなる頭頂部が彼の自信を静かに奪っていた。医師からAGAと診断され、処方されたのはフィナステリドという一錠の薬。最初は不安だった。本当に効くのか、副作用は大丈夫なのか。しかし、藁にもすがる思いで、毎日欠かさず服用を続けた。最初の三ヶ月は、目に見える変化はなかった。むしろ、初期脱毛と呼ばれる現象で、一時的に抜け毛が増えた気さえした。心が折れそうになったが、医師の「これは効いている証拠です」という言葉を信じた。そして半年が過ぎた頃、明らかに変化が訪れた。シャンプー時の抜け毛が劇的に減り、髪にコシが出てきたのだ。一年後には、気にしていた頭頂部の地肌が目立たなくなり、生え際にも産毛が生え始めた。二年目からは、ミノキシジルの外用薬も併用を開始。抜け毛を抑えるフィナステリドの「守り」と、発毛を促すミノキシジルの「攻め」の相乗効果は絶大だった。三年目には、髪の悩みでうつむきがちだったかつての自分が嘘のように、彼は仕事でもプライベートでも自信を取り戻していた。しかし、治療は順風満帆なだけではなかった。五年目を過ぎた頃、彼は軽度の肝機能の数値異常を指摘された。すぐに医師に相談し、薬の量を調整し、食生活を見直すことで数値は正常に戻ったが、この経験から、定期的な血液検査と医師との対話の重要性を痛感したという。そして現在、治療開始から七年。彼の髪は、三十代の頃よりもむしろ健康的で力強い。彼は言う。「この薬は、僕に髪の毛だけでなく、失いかけていた自信と前向きな人生を取り戻してくれた。でも、それは医師という伴走者と、自分自身の体を気遣う意識があってこそ。薬は魔法じゃない。自分と向き合うための、強力なパートナーなんだ」と。彼の七年間は、薄毛治療薬との正しい付き合い方を、静かに物語っている。